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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1102号 判決 1985年3月25日

原告 株式会社七人の会

右代表者代表清算人 山本良樹

右訴訟代理人弁護士 市川昇

被告 株式会社ホテルニュージャパン

右代表者代表取締役 横井英樹

<ほか三名>

右被告ら四名訴訟代理人弁護士 窪田一夫

同 鈴木輝夫

同 西尾孝幸

同 高島謙一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一九〇一万三六〇〇円並びにこれに対する被告株式会社ホテルニュージャパン(以下「被告会社」という。)については昭和五八年二月一五日から、被告横井英樹(以下「被告英樹」という。)及び被告横井裕彦(以下「被告裕彦」という。)については同年同月一三日から、被告横井邦彦(以下「被告邦彦」という。)については同年同月一二日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  火災事故の発生

(一) 訴外平井一成(以下「訴外平井」という)は、原告と被告会社間で締結された訴外平井を昭和五七年二月七日から翌八日まで別紙物件目録記載の建物「以下「本件ホテル」という。)に宿泊させるとの宿泊契約(以下「本件宿泊契約」という。)に基づき、本件ホテルの九階九一〇号室に宿泊した。

(二) 同年同月八日午前三時ころ、本件ホテルの九階九三八号室において発生した火災は、本件ホテルの九階、一〇階等に燃え広がり(以下「本件火災事故」という。)、このため、逃げ遅れた訴外平井は、同日午前四時ころ死亡した。

2  本件火災事故の原因

(一) 本件ホテルは、客室数四二〇室(宿泊定員七八二名)を有する建物であって、その内部はベニヤ板に可燃性クロスを貼り、客室出入口は木製扉を使用し、客室壁パイプシャフトなど随所に間隙があるなど火煙の伝走し易い状態にあったうえ、四階以上の客室は中央エレベーターホールを中心として三方向に放射状に構築された複雑な構造を有するため、万一火災が発生した場合、急速に燃え広がって、多数の宿泊客が死亡する等の重大事故に至る危険が存在していた。

(二) したがって、本件ホテルは、宿泊客の生命身体の安全を図るため、少なくとも、消防法令に基づく安全対策を講ずる必要があったところ、次のとおりの重大な人的、物的な欠陥があったため、前記のとおり九三八号室で発生した火災が燃え広がり、その結果、訴外平井が死亡したものである。

(1) 被告会社は、消防法一七条、同法施行令一二条に基づき、スプリンクラーを半径二・三メートル毎に設置すべきところ、本件ホテルの地下一、二階、地上三、五、六、八、九、一〇階の各階には、これを設置していなかった。

(2) 被告会社は、消防法八条に基づき、火災発生時における具体的対策及び従業員の行動準則等を定めた消防計画を作成して従業員に周知徹底させ、かつ、右計画に基づき、消火、通報及び避難に必要な従業員を配置して訓練すべきところ、いずれもこれを怠っていた。

3  責任

(一) 被告会社は、原告に対し、本件宿泊契約に基づき、宿泊客訴外平井を安全に宿泊させる義務があったにもかかわらず、これを怠り、同人を死亡するに至らせたのであるから、原告に対し、同人の死亡によって生じた損害を賠償する責任を有する。

また、被告会社は、前記2(二)記載の義務を怠った過失により本件火災事故を発生させたものであるから、これによって生じた原告の損害について不法行為責任を負う。

(二) 被告英樹は、被告会社の代表取締役(社長)として、被告会社が営業していた本件ホテルにつき、消防法令に基づく安全対策を講ずべき職務を有していたにもかかわらず、悪意又は少なくとも重大な過失によって、これを怠ったのであるから、原告に対し、商法二六六条ノ三に基づく損害賠償責任を有する。

(三) 被告邦彦及び被告裕彦は、それぞれ被告会社の取締役(副社長)、取締役(専務)として、被告会社の代表取締役である被告英樹の業務執行を監視し、本件ホテルの安全対策を改善すべき職務を有していたにもかかわらず、悪意又は少なくとも重大な過失によって、これを怠ったのであるから、原告に対し、同じく商法二六六条ノ三に基づく損害賠償責任を有する。

4  損害

(一) 原告は、訴外平井によって、昭和四九年八月二七日に設立された株式会社であり、同人を代表取締役としてフォークソングの創作、演奏等の音楽活動を行っていたが、その実体は、同人の個人企業であった。このため、本件火災事故により同人が死亡した結果、原告は、同人の葬儀、被告らとの交渉、同人の遺族に対する弔問等に忙殺されたうえ、会社経営が著しく困難となり、昭和五七年九月一〇日、株主総会において、解散を決議せざるをえなくなり、現在清算中である。

(二) 原告が本件火災事故による訴外平井の死亡によって受けた損害は、次のとおり、合計金一九〇一万三六〇〇円である。

(1) 遺体引取費用金九万三六〇〇円

原告は、昭和五七年二月八日、訴外平井の遺体引取のために、原告の社員を東京へ派遣し、その費用として金九万三六〇〇円を支出した。

(2) 葬儀費用金三六〇万円

原告は、昭和五七年二月一一日、訴外平井の葬儀を同人の遺族が行うにつき、同人の生前の功績及び死亡の原因に鑑み、遺族の承諾を得たうえで右葬儀を遺族と原告の合同葬扱いとして、葬儀費用金五六七万八四九五円のうち金三六〇万円を支出した。

仮に原告が負担した右葬儀費用を原告自身の損害として請求できないとしても、原告は、遺族の承諾を得て遺族の負担すべき右金員を支出したのであるから、無資力な遺族に代位して、被告に対して、請求できるというべきである。

(3) 弔慰金一〇〇〇万円及び死亡退職金三六〇万円

原告は、訴外平井の遺族に対し、同人の生前の功績及び死亡の原因に鑑み、弔慰金一〇〇〇万円及び死亡退職金三六〇万円の合計金一三六〇万円を支払う旨約束した。

(4) 弁護士費用

原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として弁護士費用を除く認容額の一割相当の金額を支払うことを約束したから、その金額は金一七二万円を下らない。

よって、原告は、被告らに対し、被告会社については、本件宿泊契約の不履行又は不法行為に基づき、その余の被告らについては、商法二六六条ノ三に基づき、各自金一九〇一万三六〇〇円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告会社については昭和五八年二月一五日、被告英樹及び被告裕彦については同年同月一三日、被告邦彦については同年同月一二日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  同1(本件火災事故の発生)の事実について

(一) 同1(一)の事実中、訴外平井の宿泊の事実は認め、その余の事実は否認する。

被告会社が宿泊契約を締結した相手は、原告ではなく、訴外平井個人である。

(二) 同1(二)の事実中、訴外平井の死亡時刻は知らないが、その余の事実は認める。

2  同2(本件火災事故の原因)の事実について

(一) 同2(一)の事実中、本件ホテルの客室数及び宿泊定員は認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同2(二)の(1)の事実は認め、(2)の事実は否認する。

ただし、防火設備としては、必ずしもスプリンクラーに限らず、防火区画でもよいことになっており、被告会社は、所轄消防署から、これらを昭和五七年九月一一日までに設置するよう指示があったため、順次その設置工事を進めようとしていた矢先に本件火災事故が発生したものである。

3  同3(責任)の事実について

同3の事実中、被告英樹が被告会社の代表取締役(社長)であることは認めるが、その余は、すべて否認する。

被告邦彦及び被告裕彦は、単なる登記簿上の取締役にすぎない。

仮に、本件ホテルに原告主張のような人的、物的な欠陥が存在したとしても、次の理由により被告らに責任はない。

(一) 注意義務の履行

被告会社は、本件ホテル内の防災上必要な巡回、防災設備の監視及び火災発生時の必要な措置等については、訴外中央警備保障株式会社に、火災警報装置については、訴外社団法人東京火災報知設備保守協会に、防災放送設備については、訴外千代田ビルサービス株式会社に防火戸については、訴外三和シャッター工業株式会社に、それぞれ保守点検、維持管理を請負わせていたものであり、各専門業者に対し、人的、物的な防災上の施設ないし措置の保守管理等を請負わせていたものであるから、被告らは、ホテル経営上の防災についての注意義務を履践していた。

(二) 因果関係の不存在

本件火災事故は、右各専門業者又は右各業者から派遣された職員の重大な業務懈怠或は未熟を原因として発生したのであり、右原因の存在は、本件ホテルの人的物的欠陥と本件火災事故との間の因果関係を中断するか、又は、その間の相当因果関係を否定するというべきである。

4  同4(損害)の事実について

同4の事実は、いずれも争う。

原告主張の損害は、次のとおりいずれも本件火災事故と相当因果関係があるものではない。

(一) 遺体引取費用について

本来、遺体引取は、家族、親族のすることと解するのが一般社会の通念であり、また遺族感情にも合致するというべきであって、これを社用に類する用務とするのは特別の取扱いであって、そのための費用を本件火災事故と相当因果関係のある損害ということはできない。

(二) 葬儀費用について

原告は、訴外平井の葬儀を遺族と原告の合同葬扱いにした旨主張するが、社葬又は合同葬は社会に未だ一般化しているとはいい得ず、ましてや原告主張のように原告が実質上訴外平井の個人企業であるならば、遺族による個人葬こそ相当であって、合同葬扱いによる費用の負担は、原告の特別事情によるものであって、到底、被告らの予見し得るものではない。

また、訴外平井の遺族は、別訴(東京地方裁判所昭和五七年(ワ)第七二〇五号事件)に於いて、葬儀費用を損害として訴求している。

三  弔慰金及び死亡退職金について

会社役員又は社員が死亡したときに、会社から弔慰金・死亡退職金が支払われることが一般的であるというためには、当該会社に役員・社員の待遇等に関する諸規定・諸協定が存在することを前提としなければならず、右規定等の存在しない原告の場合において、弔慰金・死亡退職金の支出又は債務負担は、通常、予見不可能なものであって、本件火災事故と相当因果関係のあるものということはできない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1(本件火災事故の発生)の事実中、訴外平井が本件ホテルに宿泊中、本件火災事故によって死亡した事実は、当事者間に争いがない。

二  次に、請求原因4(損害)の主張について判断する。

1  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  訴外平井は、従来、音楽グループ「高石友也とナターシャセブン」のマネージメントや同グループのコンサートの実施等の業務を行っていたが、税金対策のため、昭和四九年八月二七日、京都市において、原告(資本金五〇万円)を設立し、発行した株式一〇〇〇株のうち三〇〇株を取得して、原告の代表取締役に就任し、従前と同様の業務を遂行していた。

訴外平井は、音楽界に広い交友関係を持ち、原告の業務遂行の中心的役割を果たし、原告の社員の私生活の面倒もみていた。

(二)  本件火災事故により訴外平井が死亡した日である昭和五七年二月八日、その遺族と共に原告の従業員である訴外山本良樹外一名が京都から上京して、訴外平井の遺体を確認したが、その際の往復の交通費合計金九万三〇〇〇円を原告において支出した。なお、訴外平井の遺族の交通費は、遺族自身が負担し、訴外平井の遺体の運搬の費用は、被告会社が負担した。

(三)  訴外平井の葬儀は、同月一一日に行われたが、生前私生活の面倒まで見てくれていた原告の従業員らの訴外平井の葬儀にただ参列するだけでは気持が納まらないという心情から、原告には社葬に関する規定はなかったけれども、遺族と原告の合同葬という形式がとられ、葬儀費用約五六〇万円のうち三六〇万円を原告が支出した。なお、訴外平井の遺族は、被告に対し、別訴において、葬儀費用を請求している。

(四)  原告は、同年三月四日、新たに、山本良樹を代表取締役に選任して、業務を続行していたが、平井の遺族との間に、後述の平井の死亡退職金及び弔慰金の額並びに遺族を原告の役員として原告の会社経営に参画させるか否かをめぐって、対立が生じたこともあって、原告は、同年九月一〇日、臨時株主総会を開催し、ここにおいて、会社解散の決議が行なわれた。

(五)  原告には、役員及び従業員に対する退職金・弔慰金についての規定は全くなかったが、昭和五七年九月一〇日に開催された臨時株主総会において、訴外平井の生前の功労に報いるため、その遺族に対し、死亡退職金及び弔慰金を各一〇〇〇万円の範囲内で支払うこと並びにその具体的金額の算定、支払時期及び支払方法は取締役会に委任することが決議され、取締役会は、右同日、訴外平井の死亡退職金を金三六〇万円、弔慰金を金一〇〇〇万円と決定したが、具体的な支払時期及び支払方法は現在のところ、明らかになっていない。

2  右に認定した事実に基づき、原告主張の各損害が、本件火災事故と相当因果関係があるか否かについて、以下順次検討する。

(一)  遺体引取費用について

原告が訴外山本良樹外一名の遺体確認のための交通費を支出したことは前記認定のとおりであるが、社会通念上、遺体の確認は遺族が行うべきものと解せられるところ、原告の従業員がいわば自らの好意によって遺族の遺体確認に付き添って行くに要した費用を原告が支出したからといって、その費用を本件火災事故と相当因果関係があるということはできない。

(二)  葬儀費用について

原告が、訴外平井の葬儀費用の内金三六〇万円を支出したことは前記認定のとおりである。

ところで、およそ不慮の事故による死亡者のための葬儀費用は、死亡者の社会的地位、職業、資産状態、生活程度等を斟酌し、社会通念上相当な範囲に限り、これを負担した遺族の損害として死亡者の死亡について責任を有する者が賠償すべきものと解するのが相当である。

そこで、本件についてみるに、遺族が営む葬儀に参列するだけでは気持が納まらないという原告の従業員らの心情から社葬を併せ営んで、合同葬の形式にしたというのであるが、社葬は未だ社会一般に慣行化しているとはいえないのみならず、原告には社葬に関する規定が存在しなかったことをも考慮すれば、訴外平井の葬儀についてその一部を社葬にする必要性があったとまでは認められず、したがって、合同葬の結果、原告が支出した葬儀費用をもって、本件火災事故と相当因果関係のある損害ということはできない。

なお、原告は、右葬儀費用を原告自身の損害として請求できないとしても、遺族の承諾を得て遺族の負担すべき費用を支出したのであるから、遺族に代位して請求できる旨主張するが、訴外平井の葬儀については遺族葬も同時に営まれており、しかも遺族が被告に対し、別訴において葬儀費用を請求しているというのであるから、原告が遺族に代位して、原告の支出した葬儀費用を請求できると解する余地はなく、右主張は、失当である。

(三)  弔慰金及び死亡退職金について

原告がその株主総会及び取締役会の決議により、訴外平井の遺族に対し、弔慰金及び死亡退職金として合計金一三六〇万円を支払う旨決定したことは前記認定のとおりであるが、原告には役員及び従業員に対する退職金・弔慰金についての規定は全くなかったのであり、右決議は、訴外平井の生前の功労に報いるため、原告の株主及び取締役が、いわば好意的に行ったものと解するのが相当であって、右各債務の負担が本件火災事故と相当因果関係のある損害ということは到底できない。

(四)  弁護士費用について

原告主張の右各損害の請求がいずれも失当である以上弁護士費用を損害として主張することが失当であることは当然である。

三  以上のとおり、原告主張の損害は、いずれも本件火災事故と相当因果関係があるということができないから、その余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉崎直彌 裁判官 萩尾保繁 白石哲)

<以下省略>

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